昭和6年初出、安吾最初期の作品に分類できます。安吾の堕落への強い渇望は未だ見 られませんが、独特の衒気漲る佳作です。彼の敬愛する師匠である牧野真一に激賞された そうです。
「衒気漲る」と書きましたが、私はこれを読むと涙が滲みます。安吾は、人間が踏み 迷い、赤面顛倒、惑乱狂態を演ずる様を真なりと観じています。その滑稽で惨めとも見え る人間本来のザマが「風博士」その人であり、掌編「風博士」そのものなのでしょう。ど こまでも、どこまでも突っ張って、ハッタリ倒して、時にはポキッと折れる、そんな安吾 の荒削りな衒気が伺えます。
この作品では、人品の卑しさは露骨に顕れていませんが、滑稽で惨めなことが卑賤な こととして描かれているわけではありません。ただ専心に、クダラナイことが志向されて います。安吾が創作の初期から戯作者を任じて、生きんが為に書いていたこと、気骨の士 であらんと願っていたことの証拠だと思います。
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