Last update: 1st/June/'99 α版
物理学は敷居の高い学問です。対象としている事柄は、我々の住まうこの世界の凡庸な、あなたの周りで今現在も起こっている現象なのですが、それを数学を使って厳密に定式化して考えるので、日常的な感覚から遊離する事も侭有ることでしょう。無批判な常識を壊す必要があるのですが、ここで武器となるのも、物理法則と数学的プロセスなのです。
別の言い方をすれば、物理学の理解は、定性的理解(直感的理解)と定量的理解(定式的理解)とが、相補的に進むものです。物理学に現れる数式の背後には、物理現象が隠れています。等式は、数値的には等しい量同志が等置されているのですが、その物理的実体は異なることも珍しくありません。例えば、保存則や定義の場合がそう言うケースです。ですから、計算過程では、それに応じた現象=物理過程が見えていなければなりません。ここで次元解析などが役に立つでしょう。
まず、初学者に必要な事は、物理学の考え方の枠組みを、幾つかの定義と原理を、肝に銘じて納得する事です。その為には、自分の頭で考え、自分の手を動かす事が必要です。しかしながら、物理学の枠組みは、徹頭徹尾、合理主義と言うラインで首尾一貫しているので、一度何物かを掴み取れれば、そこから先はしばらく広大な地平が開けるものです。特に高校(受験)物理は、力学に始まり力学に終わると言ってよいほど、力学分野に物理学的枠組みが結晶しています。波動も電磁気学も、考え方や現象の記述方法は、力学に範を求める事になります。例外は、現代物理学と光学だけと言って良いでしょう。 前期中は、力学分野の物理学の習得を最優先に置いて下さい。
この枠組みは一般に、Pierre-Simon de Laplace (1749-1827)による「Laplaceの魔」に象徴されるところの、力学的自然観=観念論的機械論的自然観と呼ばれ、1900年前後に爛熟を迎え、敢無く瓦解したものですが、西洋近代のパースペクティブの良いカリカチュア、燦然と輝く堅牢無比の一大伽藍である事は疑い得ませんし、進んでは大学で学び研究の対象となるべき物理学の剣呑な繭玉にもなることと思います。何より、漠然と世界を眺めているだけでは、この段階の合理主義にさえ至らないかもしれません。
そこで皆さんには、物理学の考え方を習得してもらいたいと思います。得点はこの上に、各個撃破的個別の戦術を、演習を通して身に付ける事によって得られます。物理学の手法を自らも利用できるようにする為に、演習を第一義において下さい。そして自分の物理学の体系を構築して下さい。
「物理学、数学を将来専門的に扱わない」、「物理にも数学にも興味は無い」と言う学生の受験準備について、前期中の勉強方法を述べます。
簡単な問題を一問でも多く解いて下さい。その事によって、受験で問われる物理公式・法則の、問題における利用法を習得出来ます。実際自分でそれと選んで使った公式・法則は、理解できるようになるものです。問題集として、一見して少し高度に映るかもしれませんが、「新々体系 物理IB・II」(下妻清 著 教学社)を勧めておきます。
予備校校内生の場合は、毎授業必ず出席して、教材の予・復習に励んで下さい。夏休みまでこれを続ければ必ず所期の成果が上がります。予・復習方法に付いては後述します。
「物理学、数学を将来専門的に扱う」、「物理学や数学に興味が有る」と言う向きの学習法も、基本的には文系学生と変わりません。特に、予備校校内生の場合、夏休みまでは授業+各種テストの予・復習をおろそかにしない様に計画を立ててください。
但し、このような場合、物理公式や法則の導出・証明と言う過程が不可欠です。例えば、力学なら力の定義である運動方程式から、電磁気学ならガウスの法則+ファラデーの法則+アンペールの法則から出発して、微積分学の基本定理と幾つかの原理を用いる事で、殆どのものは御証明され得ます。数学でも同様ですが、証明プロセスを理解していない公式・定理・法則は、実際に自分で使える程には、理解していないものと思ってください。 問題演習にも、そこで用いた法則、定理の証明内容を振返って当たる様に心掛けて下さい。
証明は、物理学の枠組みが如実に現れる部分です。ですから、それを習得し有意義なものとする為に、座右に置く参考書は首尾一貫した物理観に貫かれた、体系的なものを選んで下さい。 世に良書は唸るほど有るのでしょうが、ここでは参考書として「新・物理入門」(山本義隆 著 駿台文庫)、問題集として「難問題の系統とその解き方 物理IB・II」(服部嗣雄 著 ニュートンプレス)を勧めておきます。
その徹底さにおいて、若干の差が認められようと、これは文・理の学生に共通です。復習に関しては、参考書、各種テスト、問題集などの解答を読む際にも共通する姿勢です。
これは、初見の問題を解かんとする際にも共通する姿勢です。
予習で完全答案を作成できるのなら、それに越した事は有りません。時間さえ許せば、それに甘んぜずに、さらに問題演習に励んで、授業の理解を深める方向の努力をして下さい。しかし予習に時間が取られすぎる場合には、それに拘るのは勧められません。前期中は復習を重視して下さい。
前期中の予習では、問題文を良く読む事に全精力を傾けて下さい。「そのような現象は、起こり得るのか」、「どの条件をどのような方向でずらすと、起こり得なくなるのか」、運動や現象が目に浮かぶか。ここでは常識と、幾つかの原理と諸法則が拠所になるでしょう。
教材で取上げられている物理現象の直感的理解が得られれば予習は成功です。
これはテスト、問題集、参考書に付いても同様です。
数式が現れて空手なのはいけません。目で追わず手で追いましょう。人から聞いたり読んだりしただけのものは、知る事は出来ても、利用できるほどまでには体得できないものです。知っている事と、分っている事は違います。肝に銘じて得心するまで考え抜けば、物理では当たり前の結論しか出てこないと思えることでしょう。
条件と環境を、物理学の枠組みにのっとって的確に把握し、物理現象を正確に脳裏で再現する想像力と、物理的現象を見つめながら、自分の手を動かして適切に数式を運用して行く計算力。受験で問われるのは、豊かな想像力と、確固たる数式運用能力です。これらを心掛けながら復習して下さい。
振返って、その計算プロセスを、自分の言葉で再現できれば復習は成功です。
分ったつもりになった事と、分っていることとを弁別するための最初の試金石は、実際の身の回りの問題に際して、それを使えるがどうかです。丸暗記しただけのものは柔軟性に欠け、使い物になりません。
しかし、暗記無しで物を考える事も不可能です。「まず何をすれば良いのか」、「どのようなプロセスを踏めば、正しいの結論が得られるのか」……。これらの直感的な信念を、正確に、柔軟に、豊富に蓄えておかないと、物を考える事が出来ません。この、有る意味 puzzle solving とも取れる、暗記事項を土台とした、戦略と戦術のクロス・オーバーの枠組みが、理論に裏打ちされているに越した事は有りませんが、暗記も物を考えるプロセスにおいては重要です。
豊かな常識を培う一助として、暗記も厭わないで下さい。
物理学は自然現象を記述する学問です。その手段として数学を使います。とりわけ、時々刻々と変化する量を記述する為に、微積分学の言葉を援用します。その記述法と物理像とは密接な関係が有り、また、数学的に正しい演算過程は、物理学でも正しいと保証される論法です。物理学の考え方を理解する事は、そこで用いられている数学のヴィジュアルを感じる事と言えます。
高校範囲の物理学で要求される計算は、決して高度なものではありませんし、物理学を理解する上で大事な事は、大雑把でも視覚的な、言葉で表現できるような類の数学です。例えば、微積分学ならば、瞬間的変化率としての微分、「密度と全体」、「速度と変位」、「無限小増分とその総和」といったものを通じての積分などです。
物理学の、より深い理解の為に、数学も厭わないで下さい。